東京高等裁判所 平成3年(ネ)1264号 判決 1991年8月28日
控訴人 金井宏樹
右訴訟代理人弁護士 矢島邦茂
被控訴人 株式会社カネシン
右代表者代表取締役 吉田孝志
右訴訟代理人弁護士 服部正敬
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
一、当事者の求めた裁判
1. 控訴人
(一) 原判決中予備的請求を棄却した部分を取り消す。
(二) 被控訴人は、控訴人に対し、二八八〇万六〇〇〇円及びこれに対する平成元年二月二二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
(三) 訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。
(なお、原審における控訴人の請求は、主位的に、新株引受契約に基づき新株六〇〇〇株の引渡しを求め、予備的に、右引受契約の債務不履行による損害賠償請求権に基づき二八八〇万六〇〇〇円及びそれに対する遅延損害金の支払を求めたもので、いずれもこれを棄却されたところ、控訴人はそのうちの予備的請求に係る部分についてのみ本件控訴に及んだものである。)
2. 被控訴人
本件控訴を棄却する。
二、当事者の主張
1. 控訴人の請求原因
(一) 被控訴人は、建築用金物の製造・販売を主たる目的とする株式会社であるが、平成元年一月九日開催の取締役会で、次の内容の新株発行の決議をした(以下「一月九日決議」という。)。なお、右決議当時、被控訴人の資本金は七〇〇万円で、一株の金額五〇〇円、発行済株式総数一万四〇〇〇株、発行する株式の総数五万六〇〇〇株であり、控訴人はその株式二〇〇〇株を所有していた。
(1) 発行する新株 額面株式四万二〇〇〇株
(2) 新株の発行価額 一株五〇〇円
(3) 新株の割当方法 平成元年一月一〇日現在の株主に対し、その所有する株式一株につき新株三株の割合で割り当てる。
(4) 新株の申込取扱期間 平成元年一月三〇日から同月三一日まで
(5) 新株の払込期日 平成元年二月六日
(二) 被控訴人は、平成元年一月二五日開催の取締役会で、一月九日決議のうち、新株の申込取扱期間を「平成元年二月一四日から同月一五日まで」、新株の払込期日を「平成元年二月二〇日」と各変更する決議をした(以下「一月二五日決議」という。一月九日決議と併せて「本件決議」という。)。
(三) 本件決議によって控訴人には六〇〇〇株の新株が割り当てられることになり、被控訴人から控訴人に対し、一月九日決議については平成元年一月一四日にその旨の「新株式割当て通知書」が送付され、その後一月二五日決議により変更された内容を含む同旨の通知書が改めて送付された。
(四) 控訴人は、平成元年二月一三日、右通知書に同封されていた新株式申込書に署名捺印のうえそれを被控訴人に郵送して割り当てられた六〇〇〇株の申込み(以下「本件申込み」という。)を行い、もって新株引受権を行使した。なお、控訴人は、同月一七日には、右六〇〇〇株の発行価額三〇〇万円を払込取扱機関である株式会社三菱銀行小岩支店に振り込んで払込み(以下「本件払込み」という。)も了した。
(五) 被控訴人の控訴人に対する(三)の割当ての通知は控訴人の申込みを条件とする条件付割当ての意思表示というべきであるから、遅くとも控訴人の本件申込みの意思表示が被控訴人に到達した平成元年二月一五日には、右条件が成就し、控訴人と被控訴人との間には新株六〇〇〇株の引受契約(以下「本件引受契約」という。)が成立した。
(六) ところが、被控訴人は、右引受契約上の債務の履行を怠り、控訴人の本件新株引受権を失権扱いとした。
(七) 本件新株発行によって被控訴人の発行済株式の総数は五万六〇〇〇株となったところ、昭和六三年七月三一日時点(中間決算時)における被控訴人の純資産額は二億九六八六万八〇〇〇円であり、これを右発行済株式の総数で割ると一株当たりの金額は五三〇一円となる。したがって、控訴人は、被控訴人の債務不履行により合計三一八〇万六〇〇〇円の得べかりし利益を喪失し、これから払込金三〇〇万円を控除すると二八八〇万六〇〇〇円の損害を被ったことになる。
(八) よって、控訴人は、被控訴人に対し、本件引受契約の債務不履行による損害賠償として二八八〇万六〇〇〇円及びこれに対する控訴人の新株引受権失権の翌日である平成元年二月二二日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
2. 請求原因に対する被控訴人の答弁
(一) 請求原因(一)ないし(四)は認める。
(二) 同(五)は、被控訴人の控訴人に対する請求原因(三)の割当ての通知が控訴人の申込みを条件とする条件付割当ての意思表示であったことは認め、その余は否認する。
(三) 同(六)は、被控訴人が控訴人の本件新株引受権を失権扱いとしたことは認め、その余は否認する。
(四) 同(七)は、控訴人が主張の損害を被ったことは争う。
3. 被控訴人の抗弁
控訴人の本件申込みによる新株引受権の行使はその効力を生じない。すなわち、本件新株発行における株主の株式申込みについては、申込取扱期間内に払込金額と同額の申込証拠金を添えて行うことを要する旨の条件(以下「本件条件」という。)が付されていた。ところが、本件申込みは、申込みの意思表示だけで、所定の申込証拠金を添えたものではなかった。したがって、本件申込みは新株引受権の行使としての効力を生じない。なお、控訴人からは結局申込取扱期間内に右条件に沿った申込みがなされなかったため、控訴人に割り当てられた新株六〇〇〇株はいわゆる失権株となり、被控訴人は、申込取扱期間の最終日平成元年二月一五日の翌日である同月一六日、右失権株を他へ割り当て、それについての処理を了した。
4. 抗弁に対する控訴人の答弁
本件条件が付されていたことは否認し、本件申込みが払込金額と同額の金員を添えてなされたものでなかったことは認める。
被控訴人の平成元年一月二六日付け「新株式割当て通知書」(甲第五号証の一)上本件新株発行について本件条件が付せられていたと読みとることはできない。すなわち、「六、〇〇〇株(払込金額、金三、〇〇〇、〇〇〇円)となりますので、同封の新株式申込書により、申込取扱期間内にお払込くださいますようご案内申し上げます。」との記載は本件条件を示したもののごとくであるが、申込書だけでは払込金額の払込みはできないのであるから、右の文言は極めて曖昧であり、これをもって本件条件が付されていたことにはならない。新株引受権を失う場合については、「なお、標記お申込が申込期日までにない場合には新株式引受の権利を失うことになりますので、特に注意くださいますよう申し添えます。」と記載されているだけであるが、それはあくまでも申込期日までに申込みがなかった場合に新株引受けの権利を失う旨を述べているにすぎないと解されるのであって、これをもって申込みに際しては申込証拠金を添えなければならない旨を定めたものと読みとることはできない。申込証拠金については、確かに、「申込取扱期間を過ぎますと、お取扱いできませんので必ず期間内にお払込ください。」等の記載があるが、これも申込証拠金の取扱方について記しただけで、申込取扱期日までに申込証拠金を払い込まなければ新株引受権が失権することを記したものとはいえない。また、新株式申込書の提出先は、右「新株式割当て通知書」及び同封の「新株式申込書」には明示されていないが、「新株式申込書」に「株式会社カネシン 代表取締役吉田孝志 殿」と記載されていることからすると、それは被控訴人宛に行うべきものと考えられるところ、「新株式割当て通知書」には新株の払込みを取り扱うべき金融機関として株式会社三菱銀行小岩支店と表示されているから、「新株式申込書」の提出先と申込証拠金の払込先とは別の場所であり、被控訴人においても申込書の取扱いと申込証拠金の取扱いとを区別していたことになる。そうすると、「新株式割当て通知書」記載の新株の申込取扱期間は、あくまでも申込書提出の期間であり、払込みは、右期間とは別に払込期日までに行えばよいとしか解することができないのである。さらに、右「新株式申込書」には、申込証拠金を添えて申し込まなければならないことは全く書かれていない。
5. 控訴人の再抗弁
(一) 仮に本件条件が付されていたことになるとしても、次のとおり、それは無効である。
(1) 本件条件は、会社が新株の払込期日に先立つ申込期日(申込取扱期間の最終日。以下、同じ。)を定めたうえ、申込期日から払込期日までの間利息を付さないとの条件を伴うものであるが、そのような条件は、申込期日と払込期日の間、新株引受権者に株主の地位を与えないにもかかわらず、払込金だけは会社が取得するというもので、新株引受権者を著しく不利な立場に置くものであり、株主保護の見地から許されないというべきであるから、本件条件は全体として無効である。
(2) 仮に、本件におけるような条件を付することが全く許されないわけではないとしても、(1)で述べたとおり、申込期日と払込期日との間に期間を置くことは新株引受権者ひいては株主の利益を害するから、右のような条件を付することは例外として取り扱われるべきであり、それはあらゆる会社に許されるのではなく、許されるのは、株主が全国に散在し、かつ極めて多数にのぼることから、株式申込人の確定、失権株等の処理のため日数を要するような上場会社に限定されるべきである。しかるところ、被控訴人は上場会社でないだけでなく、その株主は僅か四名(被控訴人の代表取締役である吉田孝志、取締役で同人の母親である吉田澄子、吉田孝志が代表者である有限会社代志田商工及び控訴人)にすぎず、本件新株発行において新株引受権を与えられたのも右の四名だけである。したがって、株式申込人の確定は直ちにできるし、失権株の処理も、被控訴人の取締役は吉田孝志、吉田澄子及び清水徹の三名だけであることから、これまた即座に行うことができる。このような被控訴人が本件条件を付することは許されないというべきである。
(3) 仮に右主張は理由がなく、被控訴人においても本件条件を付することが許される場合があるとしても、それが有効といえるためには、条件を付することが不法・不合理なものでないこと等、最高裁第一小法廷昭和四五年一一月一二日判決(民集二四巻一二号一九〇一頁)の示す要件を充たしていなければならない。しかし、次のとおり、本件条件は右の要件に欠けるものであり、無効である。
① 被控訴人には、右要件の一つである「その資金計画を予定通り達成するため、払込期日前に失権株を確定し、これにつき右期日までに他に引受人を求めて、所定の株式全部の発行を完了」しなければならない必要はなかった。被控訴人が本件新株を発行したのは、かねて金融機関からその年商からいって資本金が少なすぎるといわれていたことによるにすぎず、当時、運営資金調達の必要や、払込期日までに確実に増資分全額の払込みがなされなければ、資金計画の変更を余儀なくされるといった事情があったわけではなかった。一方、控訴人は、被控訴人のかなりの株式を有しながら、本件新株発行に先立つ昭和六三年九月に被控訴人の専務取締役を辞任し、以後、被控訴人設立時に休眠会社としていた株式会社カネシン金井製作所を再発足させるなどして、被控訴人と同一業種の営業に奔走しており、右辞任に伴う退職慰労金の問題も未解決のままであった。このようなことから当時控訴人は金銭的に苦しい状態にあり、被控訴人もそれを承知していた。以上によれば、被控訴人は、この時期に新株を発行すれば控訴人が払込金を支出することはないとの判断のもとに、殊更に時期を選び、控訴人の失権を期待して、その持株比率を減ずることを目的として本件新株を発行したものというべきである。したがって、本件新株の発行は、本件条件を付する必要がなかっただけでなく、その目的も不法なものであったといわなければならない。
② 本件新株発行における申込期日は平成元年二月一五日、払込期日は同月二〇日で、その間に五日間の間隔が存するが、原審における被控訴人代表者の供述によれば、右の間隔を五日間にしたことについては特に記憶がないというのであるから、被控訴人が失権株の処理等の手続のために右の間隔を置いたとは到底いえないし、また、株主の利益保護のためには右の間隔は極力短くするのが望ましいから、それは長くとも二日間の範囲に止められるべきである。したがって、右の五日間の間隔は、失権株の処理等の手続を行うための必要最小限の期間とはいえず、合理性を欠いている。
(二) 仮に本件条件が無効とはいえないとしても、控訴人は払込期日前に現に本件払込みをしているのであり、そこに至る経緯に照らすならば、被控訴人が本件申込みを無効とし、控訴人の新株引受権を失権扱いとすることは信義則上許されない。すなわち、控訴人は、本件申込みの前、一月九日決議に基づいて送られてきた新株式の申込書を被控訴人に送付すると同時に、平成元年一月二六日付け書面で被控訴人に対し、控訴人に割り当てられた新株の払込金三〇〇万円については、昭和六三年九月二日控訴人・被控訴人間で合意した株式譲渡に伴って被控訴人から控訴人に支払われるべき代金をもって充当するように通知し、その後被控訴人から右には応じられない旨の通知があったので、本件申込みの際にも、再度右代金による充当方を求めるとともに、控訴人の新株引受権を失権させないように取り扱ってもらいたい旨をわざわざ付記した。ところがその後、申込期日を過ぎてから、当時依頼していた弁護士の助言があったので、控訴人は急遽平成元年二月一七日に本件払込みを行ったのである。控訴人が右の申込期日を過ぎてから払込みを行ったのはやむをえなかったものというべきであり、それについて責められるべき事由は存しないのである。
6. 再抗弁に対する被控訴人の答弁
本件条件が無効である旨及び被控訴人が控訴人の新株引受権を失権扱いとすることが信義則上許されない旨の主張はいずれも争う。
新株引受権は法律上当然に株主に付与されているわけではないから、新株引受権の付与、新株発行条件の決定等は原則として取締役会の決議に委ねられ、それが特に不法・不合理なものでなく、かつ法定の期間内に各株主に通知される限り、会社は新株の発行において一定の条件を付することが許される。この理は会社の規模を特に限定すべき理由はないから、被控訴人のような小規模の会社にあっても妥当する。そして、本件条件に不法・不合理な点はなく、控訴人を含む各株主にも通知されているのであるから、これを無効と解すべきいわれはない。
なお、控訴人は、申込期日と払込期日との間に五日間の間隔の存したことを云々するが、右各期日の間にどの程度の期間を置くかについて法律上の制限はなく、失権株の確定とその処理を行う必要などを考慮して適当な期間を置けばよいとされている。被控訴人は右の間で申込期日の翌日である平成元年二月一六日に失権株の再割当てをしてその処理を行っているので、結果的には必要な間隔は一・二日間で、五日間まではいらなかったということになるが、それは結果であって、五日間程度の間隔であれば、仮にすべての手続が順調に推移し、そのような間隔が必要でなかったとしても株主の利益に反することにはならないと思われる。本件における五日の間隔が合理性を欠いていることにはならない。ちなみに、大蔵省は通達で申込期日から五日から一〇日内に払込期日を設定するようにという指導をしている。
三、証拠関係<省略>
理由
一、請求原因(一)ないし(四)の事実(被控訴人がその取締役会の決議により株主割当てをして新株を発行することとし、控訴人には六〇〇〇株の新株を割り当てたこと、控訴人が申込取扱期間内に新株の申込みをしたこと等)は当事者間に争いがない。
二、そこで、被控訴人の抗弁について判断する。
1. 右争いがない事実、<証拠>を総合すると、次の事実が認められる。
(一) 被控訴人の取締役会は、平成元年一月九日、一月九日決議を行い、割当日である同月一〇日現在の株主として控訴人に六〇〇〇株の新株を割り当て、被控訴人は同月一四日控訴人にその旨を記載した「新株式割当て通知書」(甲第四号証の一。以下「当初通知書」という。)を「新株式申込書」(乙第二号証。以下「当初申込書」という。)とともに送付した。ところが、右通知書には、申込取扱期間の懈怠による新株引受権の失権予告が端的な文言によっては明示されていなかったことから、同月二五日、被控訴人の取締役会は、右通知書の文言を改めてこれを明示することとしたほか、一月九日決議の内容の一部を変更する決議も行い、その頃、これに基づき改めて控訴人に対し、「新株式割当て通知書」(甲第五号証の一。以下「本件通知書」という。)を「新株式申込書」(乙第三号証。以下「本件申込証」という。)とともに送付した。なお、他の株主に対しても各割当株数等を記載した本件通知書と同旨の通知書を送付した。
(二) 本件通知書には、「貴殿割当て株式数は六、〇〇〇株(払込金額、金三、〇〇〇、〇〇〇円)となりますので、同封の新株式申込書により、申込取扱期間内にお払込くださいますようご案内申し上げます。なお、標記お申込が申込期日までにない場合には新株式引受の権利を失うことになりますので、特に注意くださいますよう申し添えます。」との記載があるほか、法所定の他の事項とともに、新株の申込取扱期間については「平成元年二月一四日から平成元年二月一五日まで」、新株の払込期日については「平成元年二月二〇日」、新株の払込みを取り扱うべき金融機関及びその取扱場所として「東京都江戸川区西小岩一丁目二三番一四号株式会社三菱銀行小岩支店」とそれぞれ記載され、さらに「注意事項」として、「①申込証拠金には、利息をおつけしません。②申込取扱期間を過ぎますと、お取扱いできませんので必ず期間内にお払込ください。」と記載されている。また、本件申込書には、「払込金総額」の金額とともに「申込証拠金」の金額を記入する欄が設けられているほか、「申込証拠金は、払込期日において払込金に充当すること、および申込証拠金には利息をつけないことに異議はありません。」と不動文字で記載されており、申し込む者はこれらを前提として申し込む体裁となっている(これらの点は当初申込書も同じである。)。
(三) 控訴人は、当初通知書を受領して、当初申込書の「払込金総額」及び「申込証拠金」の各欄にいずれも「三、〇〇〇、〇〇〇円」と記入するなどしたうえ右申込書を被控訴人に送付したが、その際、被控訴人の代表者である吉田孝志個人を名宛人として次のように記載した書面を送付した。
「新株発行通知受取りました。
新株式申込書同送致しますので手続きをして下さい。
但し、私の所有株式は去年九月二日貴殿側より買取りの申出があり、私も譲渡を承諾し、同年九月二〇日までに価額等を回答する約束のところ回答もなく、その後話し合いに応ぜず私に割当となったのですから、貴殿の責任で金三〇〇万円払込みしておいて下さい。尚譲渡代金の内からこの金額を精算することを確約します。
申す迄もなく私は今回申込書を同送しているのですから会社設立以降の会社経緯を理解し、くれぐれも失権株扱いなどされぬよう特に注意しておきます。」
次いで、本件通知書を送付された控訴人は、平成元年二月六日付け書面で前記吉田個人に対し、「控訴人は昭和六三年九月二日被控訴人の専務取締役を辞任した際、所有する被控訴人の株式を譲渡することを承諾した。吉田も譲渡価格は九月二〇日までに決めると約束した。株式の所有者は既に吉田側にあるのと同然であるから、平成元年二月一三日までに株式の売買代金額と支払期日を決定通知してください。それにより私も早急に検討して解決したいと思っている。結果的に私にはこの新株式発行には関係なくなる。」旨を述べ(吉田は、右書面及び当初申込書に同封された書面に対し、弁護士を代理人として、「要するに、貴殿の株の買取代金の一部を新株の払込金に充当せよとの御主張の如くですが、そのような義務は無いので、お断わり申し上げます。」との平成元年二月九日付け書面を発し、同書面はその頃控訴人に送付された。)、また、それとは別に、当初申込書についてと同様、本件申込書の「払込金総額」及び「申込証拠金」の各欄にいずれも「三、〇〇〇、〇〇〇円」と記入するなどして右申込書を被控訴人に送付するとともに、前記吉田個人を名宛人として次のように記載した書面を同封した。「期限内に申込みます。但し先に通知致しましたとおり、払込金額は貴殿の責任に於いて処理しておいて下さい。
私は再度ここに私の持株譲渡金で精算することを貴殿に確約します。
万一私の権利が失われるような処理をされた場合は貴殿の責任であることを明確にしておきます。」
以上のとおり認められる。この認定に反する証拠はない。
2. 右事実によれば、本件通知書は、「貴殿割当て株式数は六、〇〇〇株(払込金額、金三、〇〇〇、〇〇〇円)となりますので、同封の新株式申込書により、申込取扱期間内にお払込くださいますようご案内申し上げます。なお、標記お申込期日までにない場合には新株式引受の権利を失うことになりますので、特に注意くださいますよう申し添えます。」との記載と、「①申込証拠金には、利息をおつけしません。②申込取扱期間を過ぎますと、お取扱いできませんので必ず期間内にお払込ください。」との注意事項の記載によって、控訴人に対して六〇〇〇株の株式が割り当てられたこと、その払込金額は三〇〇万円であること、申し込む場合には、右金額を申込証拠金として申込取扱期間内に払い込まなければならないことを明記し、かつ申込取扱期間の懈怠による新株引受権の失権を予告しているのである。かつ、本件申込書には、「申込証拠金は、払込期日において払込金に充当すること、および申込証拠金には利息をつけないことに異議はありません。」と不動文字で記載されているのであって、これらの各記載の趣旨をごく普通に理解する限りは、控訴人に与えられた新株引受権の行使については新株の発行価額と同額の申込証拠金を添えて申込取扱期間内に申込みをすることが条件とされていることが読みとれるところであり、被控訴人の取締役会は、本件新株発行において株主に新株引受権を与えるにつき本件条件を付し、それを控訴人及びその余の株主に通知したものと認めることができる。なお、控訴人は、当初申込書及び本件申込書のいずれにおいて、申込証拠金の欄に三〇〇万円という金額を自ら記載し、かつ同金員の出捐方法を指定して申込みを行い、しかも殊更に失権株扱いをしないことについて念を押しているのであって、まさに本件条件が付されていたことを認識していたことが明らかである。
3. 控訴人は、本件通知書の文言は曖昧で、新株引受権の失権に関する記載はあくまでも申込期日までに申込みがなかった場合についてのものであり、新株式申込書の提出先と申込証拠金の払込先とが異なると解されることからも、本件条件が付されていたとはいえないなどと主張する。確かに、本件通知書の「新株式申込書により、申込取扱期間内にお払込ください<省略>」との文言は、これを形式的にみれば、申込書だけでは払込みができない点において措辞適切さを欠くきらいがないではないが、少なくとも、新株式申込書によって申し込まなければならないことと、申込取扱期間内に払い込まなければならないことを述べたものと解されるし、新株引受権の失権予告に関する部分も、右の申込取扱期間内の払込みを要する旨の記載に加えて、申込証拠金は申込取扱期間を過ぎると取扱いができず(本件通知書の注意事項)、右期間内に払い込まれたときは払込期日に払込金に充当されることとされており(本件申込書)、したがって、申込取扱期間を過ぎた後の払込みということは申込証拠金であれ払込金であれ、あり得ないことが示されていることに照らせば、申込取扱期間内における単なる申込みの有無だけをいっている趣旨でないことは自ずと明らかというべきである。また、申込書の提出先と申込証拠金の払込先とが異なるとの点は、仮にそのように解すべきものとしても、申込書の提出と申込証拠金の払込みをいずれも申込取扱期間内に行いさえすれば、申込みの際に申込証拠金を添えなければならないという本件条件を充たすことになるというべきであるから、前記2の判断に影響を及ぼすものではない。
控訴人の主張はいずれも採用の限りでない。
三、次に、控訴人の再抗弁について判断する。
1. 控訴人は、本件条件は無効である旨縷々主張するので、以下、順次検討する。
(一) まず、控訴人は、本件条件は申込証拠金に利息を付さないとの条件が伴うものであるが、それは株主保護の見地から許されないから、本件条件は無効であると主張する(再抗弁(一)(1))。
前記二1によれば、本件条件における申込証拠金について、それが払込期日に払込金に充当されるまでの期間中の利息はつけないとされていることが認められるが、本件における右の期間が前記認定のとおり五日間であることを考えると、利息をめぐる事務処理に伴う煩を避ける方法として、それは必ずしも不当なものとはいえず、かつ、前記二1(一)のようにその定めが各株主に通知されている以上、株主はその趣旨を了知したうえで株式の申込み及び申込証拠金の払込みをするものと認められるから、これを違法とすることはできない。控訴人の右主張は採用できない。
なお、本件条件自体が直ちに無効とはいえないことはいうまでもない。すなわち、本件新株発行当時、株主は法律上当然には新株引受権を有していなかったのであるから(平成二年法律第六四号による改正後の商法二八〇条ノ五ノ二は、株式の譲渡制限のある株式会社について株主の新株引受権を法定したが、本件新株発行は右法律の施行前に改正前の商法に基づいて行われたものであるから、その効力の有無は右の改正に影響されない。)、会社が、取締役会の決議によって株主に新株引受権を付与するに当たり、その新株引受権の行使に本件条件のような条件を付することは、その条件が不法・不合理なものでなく、かつ、それが法定の期間内に各株主に通知される限り許されると解するのが相当である。
(二) 次いで、控訴人は、本件におけるような条件を付することが許されるのは上場会社の場合に限定されるべきである旨主張する(再抗弁(一)(2))。
しかし、許される場合をそのように狭く限定的に解すべき理由はない。被控訴人代表者の前掲本人尋問の結果により成立を認める乙第六ないし第九号証、右本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、本件新株発行当時、被控訴人は上場会社ではなく、その株主は四名(被控訴人の代表取締役である吉田孝志、取締役で同人の母親の吉田澄子、吉田孝志が代表者である有限会社代志田商工及び控訴人)で、本件新株発行において新株引受権を与えられたのも右の四名だけであり、取締役も吉田孝志、吉田澄子及び清水徹の三名だけであることが認められる。また、本件新株発行前の被控訴人の資本金が七〇〇万円であることは当事者間に争いがない。したがって、株式申込人の確定及び失権株の処理等の点において、株主数の多い上場会社などとはおのずと事情を異にする面のあることは論をまたないが、そもそも、株主に新株引受権を付与すること自体が取締役会の意思に委ねられている場合には、付与するか否かすら取締役会が決めるのであるから、まして付与に伴う新株引受権の行使に一定の条件を付し得るのはむしろ当然のこととも考えられることからするならば、右のような面のみから直ちに被控訴人など小規模の非上場会社については本件条件のような条件を付することが許されないと解するのは相当とはいえない。控訴人の右主張は採用できない。
(三) さらに、控訴人は、本件条件は不法・不合理なものでないこと等の要件に欠けるから無効である旨主張する(再抗弁(一)(3))。
(1) まず、本件新株の発行は、本件条件を付する必要がなかっただけでなく、その目的も不法なものであったと主張する。
前記一の当事者間に争いがない事実、前掲甲第八号証の一・二、第九号証、乙第一号証、成立に争いのない甲第一号証、第一〇号証、被控訴人代表者及び控訴人の前掲各本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨を総合すると、被控訴人は、昭和五三年九月二八日、資本金七〇〇万円で設立された建築用金物の製造・販売等を業とする株式会社であるが、昭和六一年から六三年当時、年平均一三億円程度の年商があり、かねて取引先金融機関から過小資本ではないかと指摘されていたことから、また、被控訴人では昭和六三年四月頃から下請業者に対する支払を現金で行うこととしていた関係で、その程度の資金の余裕があってもいいと考えたこともあって、株主割当ての方法により新株四万二〇〇〇株(その発行価額二一〇〇万円)を発行して増資することとし、本件新株発行に及んだこと、控訴人は、控訴人の発起人の一人で、設立当初から発行済株式総数一万四〇〇〇株のうちの二〇〇〇株の株主であるとともに、当初は常務取締役、昭和五四年四月からは専務取締役として、主として営業全般を担当していたこと、昭和六三年七月二一日、昭和五四年四月から被控訴人の代表取締役社長をしていた吉田叶(設立時の発起人の一人で、株主であった。)が死亡し、控訴人は後継社長を望んでいたが、結局は右吉田の長男吉田孝志が社長になることとなったため、昭和六三年九月二日の株主総会で取締役の辞任を申し出て、同月二〇日付けで被控訴人を退社したこと、右吉田は右の総会で取締役に選任され、同日代表取締役社長に就任したこと、控訴人の辞任・退社に際しては、所有する被控訴人の株式を右吉田の側に譲渡することが相互に了解されたが、その代金額や決済時期は未だ合意されておらず、また、控訴人の退職慰労金の問題も合意には至っていなかったこと、控訴人は、被控訴人を退社した後、かつて自分が中心となって昭和四六年六月八日に設立し、昭和五三年九月被控訴人が設立されたのに伴って休眠状態にしてあった株式会社カネシン金井製作所(現商号は「株式会社カナイ」)を再開し、被控訴人と同種の営業を始めていたこと、以上の事実を認めることができる。この認定を動かすに足りる証拠はない。
右事実によれば、本件新株発行は、主として過小資本是正を目的としたもので、必ずしも具体的資金計画を踏まえたものではないことが明らかであり、その意味では、控訴人のいう「その資金計画を予定通り達成するため」という観点においては、払込期日前に失権株を確定し、これにつき右期日までに他に引受人を求めて、所定の株式全部の発行を完了しなければならない必要はなかったことになる。したがって、被控訴人が本件新株発行に際して本件条件を付したのは、事務の簡便・迅速な処理を目指し、もって所定の払込期日までに新株全部の発行を完了することを考えたことによるものと認められる。ところで、新株の発行は、資金上の具体的必要がなければ許されないわけではもとよりないし、過小資本を是正するためというのも新株発行の目的として合理性に欠けるものではない。そして、かかる目的から出たものであっても、一旦株主割当ての方法による新株の発行を決め、その手続を進めるからには、会社として事務の簡便・迅速な処理を目指すのもまた当然のことであり、そのために本件におけるような条件を付するのは、それが実務界において広く行われ、一般的な慣行として定着していたことをも勘案すると、あながち不法・不合理なものとはいえない。したがって、資金面からのみとらえてその必要性を云々し、本件条件の不法・不合理をいう論は相当でない。
また、本件新株の発行が、被控訴人において殊更に時期を選び、控訴人の失権を期待して、その持株比率を減ずることを目的として行ったものであるとの点については、控訴人の前掲本人尋問の結果中これに沿う部分はにわかに採用できず、控訴人と被控訴人との関係及び被控訴人を退社した後の控訴人の立場等、前記認定の各事実を総合してもこれを推認させるには足りない。したがって、本件新株発行の目的が不法なものであったと認めることはできない。
控訴人の右主張は採用できない。
(2) 次に、申込期日と払込期日との間の五日間の間隔が合理性を欠いている旨主張する。
本件新株発行における申込期日が平成元年二月一五日、払込期日が同月二〇日であり、その間の間隔が五日間であることは当事者間に争いがないところ、被控訴人代表者が、前掲本人尋問において、取締役会が右の間隔を五日間とした理由については特に記憶がない旨供述していることからすれば、右の間隔が五日間とされるについてその間に必要となる手続が必ずしも具体的に勘案されたわけではないことが明らかである。また、前掲乙第六号証、被控訴人代表者の前掲本人尋問の結果により成立を認める乙第一〇ないし第一二号証及び弁論の全趣旨によれば、被控訴人は右申込期日の翌日である平成元年二月一六日に控訴人に割り当てた新株を失権株としてその再割当てを行っていることが認められるから、結果的には必要だった間隔は一日だけであり、少し余裕をみてもせいぜい二日間の間隔をおけば足りたことになる。しかしながら、右の間隔は短い方が望ましいことはいうまでもないにしても、五日間という間隔はそれ自体決して長い期間というほどのものではないし、それにより株主に不当に不利益を与えるものともいい難く、これをもって合理性を欠く不適法なものとまで評価しなければならないとは解されない。したがって、控訴人の右主張も採用できない。
(四) 最後に、控訴人は、その新株引受権を失権扱いとすることは信義則上許されない旨主張する(再抗弁(二))。
一月九日決議から控訴人の本件申込書の送付に至るまでの経緯は前記二1(一)ないし(三)で認定したとおりであり、被控訴人が控訴人の新株引受権を失権扱いとしたこと、及び控訴人が平成元年二月一七日に控訴人に割り当てられた六〇〇〇株についてその発行価額三〇〇万円の本件払込みを行ったことは当事者間に争いがなく、本件申込期日が平成元年二月一五日、払込期日が同月二〇日と定められていたことも当事者間に争いがないから、右の払込みは、申込期日の二日後で、払込期日の三日前になされたことになる。
右の事実によれば、控訴人は、本件払込みに至るまでの間に、当初申込書及び本件申込書による各申込みをいずれも所定の申込取扱期間内に行い、その度に新株の払込金については控訴人所有の被控訴人株式の譲渡代金をもって充てることを求め、かつ控訴人の新株引受権を失権扱いしないよう注意を促したわけであるが、本件新株発行においては本件条件が付せられていたのであるから、申込証拠金の現実の払込みを伴わない申込みは有効なものではないし、株式の譲渡代金についての要求も、前記三1(三)(1)認定のとおり、株式の譲渡そのものは了解されていたにせよ、その代金額や決済時期は未だ合意されていなかったのであるから、被控訴人が控訴人の申込みを有効なものと扱わず、株式譲渡代金の点についても応じなかったは、むしろ当然のことであり、前記二1(三)(1)認定のように、被控訴人は現に本件申込取扱期間の経過前である平成元年二月九日頃譲渡代金についての控訴人の要求を明確に拒絶していることをも考えると、右の一連の経緯における被控訴人の対応に責められるべき点は存しない。また、払込期日前に現実の払込みがなされた点も、本件条件に適うものでない以上は、被控訴人がこれをもって有効な申込みに係る払込みとしないことも当然のことといわなければならない。以上検討したほかに信義則に関わる問題として取り上げるべき事実関係を認めるに足りる証拠もない。
したがって、被控訴人が控訴人の新株引受権を失権扱いとしたことに何ら信義則違反の点はなく、控訴人の右主張も採用の限りでない。
四、以上の次第であって、控訴人の本件申込みによる新株引受権の行使はその効力を生ぜず、控訴人主張の本件引受契約は成立していないから、その成立を前提とする控訴人の本訴請求はその余の点について検討するまでもなく失当であり、これを棄却した原判決は相当である。
五、よって、本件控訴を棄却することとし、民事訴訟法三八四条、九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 岡田潤 裁判官 根本眞 森宏司)